田んぼのおば様
今日、あまりにもやりたい事が無かったため、気分転換とダイエットを兼ねて散歩に行った。
お気に入りの田んぼと山に囲まれた人気の無い道を、ジブリの曲をかけて歩くのはとても心地よかった。
何となく、人気の無い場所は人間に関する恐怖心よりも霊的ものに対する恐怖心が強かったため、ジブリをかけた途端にハッピーエンドに向かわせようとしたの。
そんなことはどうでもいい。そのまま進んで行ったら、よくある田んぼの持ち主達の小さな住宅に出会った。
そのまま同じ道を通って帰る気などさらさらなかった為真っ直ぐ進んで行った。
そしたら、その場所には合わない小さな白い矢印があった。気になり曲がってみるとそこには駐車場と、人気の無い平屋があった。
気になり中をちらっと見てみるとポスターが貼られてあったが、日付は2006年で止まっていた。
私は何かのホールだと思い、やはりこういうものは自然と廃れてしまうのかな〜と思いつつも、駐車場に止まってるやけに新しくゴツゴツしい赤い車に違和感を覚えた。
「こんにちは」と急に後ろから元気そうなおばさんに声をかけられた。
最初は「しまった!」と思った。勝手に建物の内部をジロジロ見るなんてとても失礼なことだし怒られると思った。
恐る恐る振り返ると、バッチリメイクをし、耳には大きな青色の宝石のイヤリング(?)首には琥珀色の宝石とパールか真珠かのネックレス。指輪もはめていた。
彼女は笑顔で私に「何をしていたの?」と聞いた。
私は何も考えずに、散歩していたらたまたまここに迷い込んでしまい、建物が気になったと伝えた。そしたら彼女から予想外の返答が来た。
「中に入る?」と。
こんなことがあっていいのだろうかと思った。
開かない扉は持ち主によって軽々と開けられた。
その興奮といったら、これまでに感じたことの無いものだった。
自分が気になった建物の内部に入れるだなんて、わくわくするでしょう?
中は高そうなソファーで敷き詰められており、左手には大きく、華やかなステージがあった。
壁にはたくさんの演歌歌手のポスターと花飾りのようなもので埋め尽くされていた。
とても感動した。外観からは考えられない、豪華で華やかな内装に。
少しホコリっぽく感じたが昨日も使用していたらしい。
そのまま椅子を勧められ、お話をした。
彼女の話はとても深みがあった。
彼女は演歌歌手の先生だった。
元々は演歌歌手を目指していたらしいのだが、年齢もあり、指導者に方向転換したらしい。
世の中は運も大事だと言った。
彼女の生徒の中に、口笛の世界1位の少女もいるらしい。少女はもちろん努力もしたが、物凄い運を持っていたらしい。
彼女のホールで口笛を披露した時、たまたまそのホールにいた方が是非とも私のホテルでもといい、次はホテルで口笛を披露したらしい。
今度はそのホテルにたまたまデビィ夫人がおり、気に入られて、今はデビィ夫人のお宅に住みそこから大学に通っているらしい。
本当にその少女は運が良かった、と彼女は言った。
他にも、親は大切にしなさいとか、勉強は頑張りなさいとか、何か一つ誰にも負けない強み等を持ちなさい、と言っていた。
私が母子家庭と行ったら、あなたもお母さんも本当によく頑張っているわねと褒めてくれた。
○○高校(県内でも普通の高校)に行ってますと言ったら、凄いわね頑張ったのねと褒めてくれた。
私の話を何一つ否定せず、肯定し、褒めてくれるその姿勢に、とても暖かい愛情に似た物を感じた。
言っていることは何十回、何百回と聞かされた内容なのに、諭すように優しく、暖かい語り口調の彼女の言葉は、今までに聞いた誰の言葉よりも暖かく、芯があった。
彼女はとても凄い努力家だった。
女手一つで3人もの男の子を大学に進学させたばかりでなく、自分のお金で高い機材を詰め込んだステージを作ってしまった。
「もしも今、東京に行って演歌歌手をやっていても下の下。だからこそ、こんなに素敵な人生があるんだと思う」とおっしゃっていた。
諦めた事を後ろめたく思わず、むしろ困難な状況から努力でここまでのし上がり、最終的には「素敵な人生」と。この一言がどれだけ私の心に響いたことか、感極まって涙が出そうになった程だ。
私の語彙力では到底伝えられそうもない経験を今日得た。
「またいらっしゃいね」と優しく微笑み、「あなたには運があるのかもね」と言っていた。
努力しよう、行動しよう、自分の身は自分で守る、後悔のないように、
そう心に刻んだ。
帰り道はニヤけるのを抑えるので必死だった。
こんな素敵な経験、多分誰も経験したことないんだろ?ってね。